1. 逆セクハラって言葉自体も妙だ。

     同性間だってセクハラはセクハラだし、「女性=加害者、男性=被害者」だってセクハラのはず。男性だろうと女性だろうと、イヤなものはイヤ。それが性的なものである限り、セクハラなのだ。

     
  2. ・彼女がいないのをからかう
    ・男のくせにとすぐに言う
    ・身体に触ってくる
    ・休日に連れ出される
    ・外見についてアレコレ言う

     女性に対するものであれば、即セクハラになる行為を、平気でする“女性”たちがいる。

     女性たちは、自分たちの権利や自分たちの尊厳が傷つけられることには過剰なほどに反応するが、逆の立場をどれほど想像したことがあるだろうか?

     
  3. 23:54 20th Oct 2014

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    35度で過ごしやすいと言ってるひとを見ると「ウォッカの後だとラムが水みたいに飲めるすげぇ」っていって救急車で搬送されてった大学の先輩を思い出す。
     
  4. 23:48

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    こういうアホが人類の居住範囲拡大に貢献してきたんだよ
     
  5. 23:42

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    【質問】
     戦前のマスメディアの報道について色々批判が多いですが,その中でも朝日新聞に対する批判が特に厳しいのは何故なのでしょうか?
     言論統制で軍マンセーな風潮は,どこの新聞社も同じだったはずですが.

     【回答】
     朝日新聞は,その言論統制が始まる前から軍に報道協力をを行なってきました.
     満州事変での石原莞爾の報道戦略にも一枚噛んでいます.
     そして,戦勝報道や愛国的な扇動報道によるによる売上の増加に味をしめ,軍が求めた以上に率先して戦争を煽りまくりました.
     終いには,それが日本の外交戦略や軍事戦略を捻じ曲げる域まで達してしまいした.

     また,戦時中に主筆であった緒方竹虎などは,情報局総裁として言論統制に積極的に協力しています.
     言論人でありながら言論統制に協力すると言った姿勢が批判されるのは当然でしょう.

     そして,戦時の社長や会長と言った主要幹部は責任を取って辞任するどころか,政界に転出したり社に残ってその後も順調に出世しています.
     新聞自体の論調もあっさり掌叛して,「軍国主義批判/民主主義万歳」にいち早く回りました.
     結局,誰も戦時報道の責任を取らず,戦前からの無責任体質を維持し続けている事が批判の対象なのでしょう.

     詳しくは『朝日新聞の戦争責任』(安田将三著,1995.8)をご覧になると良いでしょう.
     本書は,朝日新聞が著作権侵害を盾に闇に葬り去ろうとしたほどの曰く付きの一冊です.

    — Media, Pacific War FAQ (via petapeta) (via fialux) (via vmconverter) (via gkojay) (via gkojax)
     
  6. 23:36

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    「脅せば言うことを聞く」という成功体験をキチガイに与えてはならない。
     
  7. 23:31

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    かつては鉄道の駅を中心に、歩いていける範囲内にまとまっていた商業地は、自動車による来店を前提とした郊外の大型店舗に取って代わられた。この傾向は特に地方で顕著だ。駅前商店街がシャッター通りと化す一方で、郊外の国道沿いに大型店舗が林立する様は、この10年ほどで当たり前の田園風景となった。
     大量に仕入れて安く売る大型店舗では、駅前商店街よりも安くものが買える。しかし、自動車を運転することができない未成年や高齢者には、行きづらい場所だ。自動車がなければ買い物ができないとなると、生活のすべてが自動車に依存することになる。そうなると人は歩かなくなる。歩かぬままで年をとると、歩行困難な老後が待っている。
     自動車を運転しなければ生活できないとなると、老化が進行した者も自動車を運転することになる。視力、反射神経、判断力などが衰えても自動車を運転するとなると、自動車は走る凶器になりうる。高速道路の逆走でもしようものなら、大惨事になる可能性もある。
     これら、自動車に起因する望ましくない社会の変化もまた、「自動車の社会的費用」と見ることが可能だ。では、発生した社会的コストを自動車の受益者が支払っているのかといえば、そうではない。
     「自動車の社会的費用」の出版から36年がすぎたが、その内容が指摘する問題は、今も解決してはいないというわけだ。自動車という、「モビリティの王様」とでもいうべき乗り物を考える上で、このことは常に意識しておく必要がある。
    — 

    自動車の社会的費用を巡る基本的な構図 | WIRED VISION (via cycling-ex)

    そこでグーグルカーの登場です。未成年もご老体も。

    (via skoei)
     
  8. 23:25

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    前に里親会で猫見てた子供に「おうちにペットいるの?」って聞いたら「昔犬買ってたけど大きくなって可愛くなくなったから捨てたんだって。」て子供が答えて絶句してたら隣にいた知らないお婆さんが「じゃあ坊やも大きくなったら捨てられちゃうね。可哀想〜」ってサラッと言ったのが忘れられない…
     
  9. 23:19

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    かつてドーハや他の中東諸国はまともな産業といったら真珠くらいしかなかったらしく、天然真珠を素潜りで採集していたようだが、日本が真珠の養殖技術を開発したせいで壊滅的打撃を受けたそうだ。

    身を守る木綿の服や亀の甲羅でできた鼻栓をして水深20メートルまで何度も潜って真珠貝を必死に取り何とか食いつないでいたところに真珠価格が暴落したらたまったもんじゃなかっただろう。

    戦後、中東はオイル景気に湧き、カタールにも巨大なガス田があることがわかっていたようだが、中東情勢の悪化などで資本は入らず自国で産出する金も技術もなく足踏みしていたところ、中部電力が契約を行い千代田化工建設がプラントを建設して世界最大の天然ガス田が誕生。秋田県ほどの大きさしかないカタールは今や世界一の金持ち国に躍り出ることとなった。
    この日本の恩をカタールは忘れていなかったようで、東日本大震災の時は被災地へ100億円を投じて「カタールフレンド基金」を設立して東北の復興を支援してくれている。

    一時は真珠養殖でカタールをどん底に叩き込んだ日本が、戦後に資金や技術の提供を行ってカタールの発展の石杖を作り、震災では逆に支援してもらったり、原発が停止する中で火力発電の液化天然ガスLNGをカタールに大きく依存したりして、日本とカタールの深い関係は今も続いている。
     
  10. 23:13

    Notes: 112

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    エロマンガには、絵と画の間にロマンが詰まっているんですよ。 それを決して忘れないでください。